はじめまして、森谷拓真と申します。
静岡の食品メーカーで、営業を10年やったあと、3年前から経営企画室にいます。
異動して最初の週、上司に「うちの売上、なんで落ちてるか説明して」と言われました。
Excelを開いたまま、3時間なにも書けませんでした。
数字の読み方を、その歳になるまで一度もちゃんと習っていなかったからです。
そこから独学で勉強し直したのですが、練習台にしたのは社内の数字ではなく、ニュースに出てくる数字でした。
テレビや新聞の数字なら、間違って読んでも誰にも迷惑をかけません。
この記事では、ニュースの数字を素通りしなくなるまでに私が実際にやったことを、4つに分けて書きます。
会議で何も言い返せなかった日のこと
きっかけは、販促の効果報告の会議でした。
担当者が「アンケートで8割が満足と回答しています」と説明しました。
資料には棒グラフが1枚あるだけで、何人に聞いたのかはどこにも書いてありません。
気にはなったものの、私は黙っていました。
会議のあとで確認したら、回答は12件でした。
12件のうち10件が「満足」だったので8割です。
数字としては間違っていませんが、これで全国の店舗に展開を決めるのは無理があります。
このとき気づいたのは、数字は「正しさの証明」として出されるけれど、実際には主張の材料でしかない、ということでした。
材料が足りているかどうかは、受け取る側が見ないと誰も見てくれません。
とはいえ、いきなり社内の資料に噛みつくと角が立ちます。
だから最初はニュースの数字で練習することにしました。
「平均」と書いてあったら、まず中央値を探す
最初に覚えたのが、これです。
厚生労働省の2025年国民生活基礎調査によると、2024年の1世帯当たり平均所得金額は575万2千円でした。
ニュースの見出しになるのは、たいていこの数字です。
ところが同じ資料には、続けてこう書かれています。
中央値は451万円で、平均所得金額以下の世帯の割合は61.5%である、と。
平均と中央値の差は124万円あります。
そして6割を超える世帯が、平均に届いていません。
出典はこちらです(2025年国民生活基礎調査の結果概要・所得の状況(PDF))。
中央値というのは、全世帯を所得の低い順に並べたとき、ちょうど真ん中に来る世帯の金額です。
平均は、極端に高い人がいると引っ張り上げられます。
中央値は引っ張られません。
「平均年収575万円」を見て、自分の給料と比べて落ち込んだ経験がある人は多いと思います。
私もそうでした。
でも実際には、6割の世帯がその数字の下にいます。
これは仕事でもまったく同じでした。
うちの得意先別の売上を平均すると、1社あたり年間900万円くらいになります。
実際に並べてみると、大手2社が全体の4割を持っていて、残りの取引先は年200万円前後でした。
平均900万円という数字で作った営業計画は、どの取引先にも当てはまりません。
いまは、平均という言葉を見たら「その隣に中央値は載っていないか」を必ず探します。
載っていない資料は、それだけで少し警戒します。
その数字は、何世帯に聞いたものなのか
次にやったのが、母数を確認するクセをつけることでした。
さっきの平均所得575万2千円は、日本中の全世帯に聞いて出した数字ではありません。
厚生労働省が公表している同じ調査の「調査の概要」を見ると、所得票の調査客体は27,901世帯で、実際に集計に使われたのは16,921世帯です。
日本の世帯数は5,500万を超えますから、そのごく一部の回答から全体を推計しています。
これを知ったとき、最初は「そんな少ない数でいいのか」と思いました。
でも、そういう話ではありません。
きちんとした手順で選んだ標本なら、少ない件数でも全体の姿はかなり正確に見えます。
大事なのは「信用するな」ではなく「幅のある数字として読む」ことでした。
総務省統計局の労働力調査も同じ考え方です。
国勢調査の約100万調査区から約2,900調査区を選び、そこから選ばれた約4万世帯、15歳以上の約10万人に聞いています。
毎月ニュースになる完全失業率は、この10万人から作られた数字です。
では、どのくらいの幅で読めばいいのか。
これについては、内閣府が世論調査のページで標本誤差の目安を表にして公開しています。
無作為抽出を前提にした場合、回答者が1,000人で回答比率が50%なら誤差は±3.1ポイント、500人なら±4.4ポイント、100人まで減ると±9.8ポイントになる、という内容です。
内閣府自身も、回答者数が少なく回答比率が50%に近づくほど標本誤差が大きくなるので、調査結果の取扱いには注意を要すると書いています。
この表を知ってから、内閣支持率が「3ポイント下落」と報じられても、あまり動じなくなりました。
1,000人規模の調査なら、3ポイントは誤差の幅とほぼ同じです。
本当に下がったのかもしれないし、たまたまかもしれない、という状態です。
私が反省したのは、さっきの社内アンケートの件です。
回収12件で「傾向が出ました」と報告書に書いたのは、実は過去の私でした。
標本の選び方がめちゃくちゃで、しかも件数が少なければ、出た数字はほとんど偶然です。
いまは数字を見たときに、この4つを順番に確認しています。
- 誰が調べた数字か
- いつの時点の数字か
- 何件の回答から作られたか
- 回答者はどうやって選ばれたか
4つ全部が書いてある資料は、実は多くありません。
書いていない資料が全部だめだとは言いませんが、少なくとも「いま自分は確かめられない数字を見ている」とわかった状態で読めます。
同じ月の物価に、正しい数字が3つある
これは知ったとき、いちばん驚きました。
総務省統計局が2026年8月21日に公表した消費者物価指数の、2026年7月分の結果です。
| 指数の種類 | 指数(2025年=100) | 前年同月比 |
|---|---|---|
| 総合 | 102.0 | 1.9%の上昇 |
| 生鮮食品を除く総合 | 102.1 | 1.8%の上昇 |
| 生鮮食品及びエネルギーを除く総合 | 102.1 | 1.9%の上昇 |
同じ月の物価について、1.9%と1.8%という数字が並んでいます。
どちらかが間違っているわけではなく、どちらも正しい数字です(消費者物価指数 全国 最新の月次結果)。
生鮮食品は天候で大きく振れるので、物価の基調を見るときは外します。
エネルギーは海外の情勢で振れるので、それも外した数字も一緒に出しています。
どれを見出しに使うかで、受ける印象は変わります。
ついでに、この指数がどうやって作られているかも調べました。
総務省統計局が公表している2025年基準の解説によると、指数の計算に使う品目は589品目で、価格は全国167市町村で調べたものを使っています。
品目ごとの重みは、家計調査で得られた1世帯当たりの品目別支出額から決めています。
つまり、物価の数字は「平均的な世帯の買い物カゴ」を想定して作られています。
自分の実感と合わないことがあるのは当たり前で、私の家の買い物カゴは、想定されているカゴとは中身が違うからです。
子どもの塾代が上がった家と、ガソリン代が家計を圧迫している家では、体感する物価はまったく別物になります。
「物価は1.9%しか上がっていないのに、こんなに苦しいのはおかしい」と感じたとき、間違っているのは自分の感覚ではありません。
見ている数字が、自分ではなく全体の平均像を指しているだけです。
食品メーカーにいると、この感覚はよくわかります。
うちの月次売上も、全社の合計で見るか、新商品を除いた既存品だけで見るか、営業日数を揃えて見るかで、前年比の数字が数ポイント動きます。
どれも嘘ではありません。
ただ、報告する側が「いちばん都合のいい切り口」を選べてしまうのも事実です。
だから、ニュースで物価や景気の数字を見たときは「これはどの指数の話か」を確かめるようになりました。
ここが違うと、そもそも比べている中身が違います。
「増えた」の中身が、人の入れ替わりのことがある
4つ目は、増えた減ったの話です。
国立がん研究センターのがん統計に、こういう記述があります。
がんの罹患数と死亡数は、人口の高齢化を主な要因として、ともに増加し続けている、と。
ここだけ読むと、日本人はどんどんがんになりやすくなっているように見えます。
ところが同じページの次の行に、こう続きます。
人口の高齢化の影響を除いた年齢調整率で見ると、罹患は2010年代後半ごろまで増加してその後横ばい、死亡は1990年代半ばをピークに減少している(がん統計 年次推移)。
同じ現象について、実数では「増えている」、年齢の構成をそろえた率では「死亡は減っている」となります。
がんは高齢になるほど増える病気なので、高齢者が増えれば人数は自然に増えます。
増えたのは、危険度ではなく人口の中身のほうでした。
この見方を知ってから、仕事の数字の見え方も変わりました。
去年、新商品の問い合わせ件数が前年の2倍になったと社内で話題になったことがあります。
調べてみたら、問い合わせフォームを載せた媒体が前年の3媒体から7媒体に増えていました。
商品への関心が2倍になったのではなく、入口が増えただけです。
実数で見るか、率で見るか。
どちらか一方が正しいわけではなく、知りたいことによって使い分けます。
病院や介護の体制を考えるなら、実際の人数がいくつなのかが問題です。
自分ががんになる確率が上がっているのかを知りたいなら、年齢をそろえた率のほうを見ます。
やっかいなのは、記事の見出しに載るのが、たいてい数字の大きいほうだという点です。
見出しは短くしないといけないので、条件をそぎ落とした数字が選ばれます。
グラフも同じで、私はまず縦軸の始まりを見るようになりました。
0から始まっていないグラフは、わずかな差が急な坂に見えます。
総務省統計局の統計学習サイトでも、縦横の比率を変えたり途中を省略したりするとグラフの印象が変わるので、誤った印象を与えないデザインを考えるように、と注意が書かれています。
作る側に向けた注意ですが、読む側にとっても同じことです。
統計を学び直すのに使った本のこと
ここまで書いた4つは、独学で少しずつ拾い集めたものです。
体系立てて学び直そうと思って統計の入門書を2冊買いましたが、どちらも数式が出てきたところで止まりました。
標準偏差の式を見た瞬間に、頭が拒否反応を起こすタイプです。
それで、マンガの入門書に手を出しました。
明日香出版社から2026年8月10日に出た『決定版 統計学がマンガで3時間でマスターできる本』です。
A5判192ページで1,980円、全8章に80のテーマが入っています。
著者の中川功一さんは統計学者ではなく経営学者で、オンライン経営スクール「やさしいビジネススクール」の学長をされている方です。
統計の専門家が書いた本ではないという点は、良し悪しの両方があります。
理論を厳密に学びたい人には物足りないはずです。
私が助かったのは、計算のやり方ではなく「その数字を見て何を判断するか」のほうに重心が置かれていた点です。
標準偏差の求め方を覚えても、会議では使いません。
使うのは、ばらつきが大きい商品と小さい商品では在庫の持ち方を変えたほうがいい、という判断のほうです。
ただ、私のように「実務で数字を読み違えたくない」という動機で読む人間には、この距離感がちょうどよかったです。
第2章が記述統計、第6章が推測統計という構成で、この記事で書いた平均と中央値の話も、標本から全体を推し量る話も、ひととおり入っています。
発売から日が浅いので読者の感想はまだ多くありませんが、内容や目次は版元のページで確認できます。
気になる方は決定版 統計学がマンガで3時間でマスターできる本の紹介ページをご覧ください。
ちなみに、統計は学校で習わなかったから仕方ない、と長いこと言い訳にしてきました。
これはもう通用しません。
文部科学省の学習指導要領のQ&Aによると、平成29年の改訂で中学2年生に四分位範囲と箱ひげ図が追加されています(平成29年改訂の小・中学校学習指導要領に関するQ&A(算数,数学に関すること))。
いまの中学生は、私が38歳で慌てて覚えた見方を、すでに授業でやっています。
まとめ
ニュースの数字を鵜呑みにしなくなるまでに私がやったのは、結局この4つでした。
- 平均を見たら中央値を探す
- 何件の回答から作られた数字かを確認する
- 同じ現象に複数の正しい数字があると知っておく
- 「増えた」と聞いたら、母集団の中身が変わっていないか疑う
どれも計算はいりません。
必要なのは、数字を見て0.5秒だけ立ち止まるクセだけです。
数字に強くなったとは、いまでも思っていません。
ただ、会議で「その8割って、何人中の8割ですか」と聞けるようになりました。
それだけで、以前より仕事はだいぶ楽になっています。